Car
18歳で免許を取って、19歳の秋に最初の車セリカ(AA63)を中古で購入。その後はMR2(SW20)を新車で購入、と走り指向の車ばかり (^^; サーキットに行って走ったりしてました。

日光サーキットにて
その後、アメリカに行くまでの一時期は4年間の車無し生活。アメリカへの出張が多かったので、向こうでのレンタカー運転が唯一の車生活。オートマの車に乗ったのはアメリカに行った時のレンタカーが初めてだった (^^;

アメリカに居た時に乗ってた車(1992年式のスープラターボ)
アメリカ仕様なので、日本の92年式(2.5L、ツインカム・ツインターボ、1JZGTE)とは違い、3リッターのターボ(7M-GTE)になっています。HKSのエアフィルター、ターボタイマーは買った時から付いてたので、ラッキー。ステンレスマフラーはすぐ交換して付けた。
今までの経緯:
Oct. '98:
アメリカ(San Jose)に移動。早速車が必要なので見てまわる。
10日間ぐらいレンタカー。
Nov. '98:
San Jose近郊にはスポーティーな車が少ないのと、あっても
値段が高い。LAで探す事にする。程度のいいSupraを発見。
レンタカーはLAXで乗り捨て。車を購入。San Joseまで(360
mileぐらい?)走って帰る。
タイヤをRE71に変更
ブレーキ修理(改造?)。ローター、パッドを換える
Mar. '99:
パワステ修理。ポンプ交換(本当にぶっ壊れた)
足回り強化(ショックをTRD製、というかビルシュタインが純正品だし)
July '99:
オイル漏れ。ドレインプラグ交換。ラック&ピニオンもオイル漏れ。
交換するしかないので交換修理
バルブカバー、ガスケットを新品に換える。点火プラグも
1本やられてたから新品に交換
エンジン周りをいじった週、ラジエターホース2本が裂け
てハイウェイを走ってる最中エンジンルームから煙。
なんとかアパートまで戻って翌朝レッカー呼んで修理。
これはまいった。

と、トラブル続きだったけど、その後半年はばっちり安定。
帰国に際して125,000mile強で友人に売却。日本的に
言うと、走行距離は20万Kmを越えてるわけで (^^;

で、帰国してから、「車に乗りたい、無いとだめだ〜!」と
車好きな性格が復活。


現在の車。Celica GT-Four RC。隣は友達のAE86。
たまたま、友達の付き合いのあるディーラーから、「RC入ってきてるよ」と連絡。内外装とも奇麗。しかも、純正状態。で、試乗してみると、クラッチが滑ってる (- -; これは直すのに10万円コースだから、O/Hして金額を下げるなら買う、ということで交渉。営業も泣く泣く了解。3週間後に納車。
納車日に早速、オーディオを交換。なんせ、純正品は2DINの巨大だけどラジオとカセットしかない物。せめてCDが聞けないと嫌なので、取り付け。
さすがに、アメリカと日本だと全てが逆なので感覚が狂ってる感じ。ギア操作はいいとしても、なんかステアリング操作がぎこちない (^^; やっぱりアメリカの感覚になってるわけで。まだリハビリ要 (^^;
今までの経緯:
June. '04:
タイヤがボロボロ。215/50R15なんて今や選択肢がほとんど無いタイヤ、しかも最新のタイヤでもブリジストンのGIIIがあるけど、このサイズだと旧タイプのGIIになってしまうという。
金が無いけどしょうがないので、ブリジストンのダウンヒルスペシャルとかいう安いホイールを買ってインチアップ。17インチでも良かったけど、クリアランスがキツイ。16インチで215/45R16のGIIIを装着。でも、このタイヤだと耐荷重が純正サイズより足りないんだよな〜 (^^;
June. '04:
車検が再来月に迫ってるからディーラーに寄ってちょっと話。パワステのチューブからオイル漏れ、これはとりあえずいいとして、マフラーに錆が出てるのを発見されてしまう (^^; 車検通らない、ということで純正マフラーの価格を聞くと、工賃込みで6万円弱。
「それだけ出せばフルステンレスのマフラーが買えるじゃん」ということで早速検討。でも、これまた選択肢が少ない。納期で柿本改に決定して交換。
一つなんだかな〜という事が。運転席側のドアだけど、開けるときに前方のフェンダーに接触して「バキッ」という音が...。何で?と、よく見るとドアの車体後方側が微妙に下がってる。「ドア下がり」はスープラの時にもなったからな〜。なんとかならんかな。



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Last Modified : June 26 2004
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